古文書を読む(増野家文書)

『申聞条々』

整理番号:第1袋02

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 解 題

●元治元年7月4日付けのこの文書は蛤御門の変に際して須佐兵が京都に向け出陣するに当たり軍規を周知徹底する為に出された通達書です。全軍の軍規、合図の申合せ、陣中規則などを取り決めています。 このHPの「随行日記」と併せてお読み下さい。

●元治元年7月3日、益田親施は本藩からの指令により上京すべく須佐から手勢300名を率いて山口入りしました。そして本藩の兵を併せ総勢600人の軍勢を率いて7月5日夜三田尻から乗船し海路大阪に向かい、 7月12日大阪着船。直ちに山崎に向かい、同14日山崎宝寺本陣に到着しました。何と益田家中ではこの出役に公費から手当が支給されなかったという驚くべき事が記されています。

●「公儀御大法者勿論当家之軍令堅く相守り」という文言が見えますが、日付からみて、益田軍が300人から600人になったので、乗船前に益田家中のみならず本藩の兵を含め益田親施麾下の全軍に 周知徹底する為に通達を発したものと考えられます。ここで公儀大法というのは萩藩の規則の事です。幕府のことは大公儀と云いました。 

●なお、「防長回天史」第4編上 5 337頁には元治元年6月15日に福原越後の軍とこれに従った佐久間佐兵衛、竹内正兵衛、熊谷岩尾、真木和泉、久坂義助、入江九一、寺島忠三郎らが 上関から出帆して上京する際に発せられた本藩の軍令書が記載されているが、「申聞条々」と相通ずる内容です。この時益田家臣の小国融蔵が陪臣の身分でこの軍令書立案に参画した模様です。 そうだとすれば、須佐兵に発せられたこの「申聞条々」も彼が起案した可能性が高いのではないでしょうか。 

 読解文
本  文 現代文
申聞条々 申し聞け条々
一  今般我等事上京 一  今般我ら事上京を
被仰付ハ不尋常大任 仰せ付けられたのは尋常ならざる大任
ニ而惣勢之進退挙 にて、総勢の進退、挙
動ニ依り 動により
御国躰之栄辱ニモ 御国体(萩藩)の栄辱にも
相拘り候条供々之 相拘わるから、供々の
銘々心得肝要ニ候 銘々の心得が肝要である。
第一 第一
公儀御大法ハ勿論 公儀(萩藩)の御大法は勿論
当家之軍令堅 当家(益田家)の軍令を堅く
相守り其頭々之指図ニ 守り、その頭々の指図に
不可違背事 違背するべからざる事
一  兼而差詰之所帯向 一  兼ねて差詰まっている(益田家の)所帯向きは
無是非此度ハ 是非もなく、此度(こたび)は
不及勘渡之沙汰候 銘々 勘渡に及ばず(手当を出さない)との沙汰である。銘々
節倹を尽シ 節倹を尽くして
可遂其節事 その節を遂げられるべきこと。
 付り  付けたり
  従令銘々持参   たとい銘々が持参した
  金迚モ無益之   金とても、無益の
  散財停止之事   散財は禁止する。
一  大小身共身通り持方ニ 一  大小身共に身通り持ち方に
泥ミ私之先例申立 なずみ、自分の先例を申し立て
終ニ結党訴訟ニ及 ついに結党、訴訟に及ぶ
候儀軍中を以 事は軍事行動中は
令禁止なり 若不心得 令を以て禁止している。若し不心得
之者於有之ハ の者が有る場合には
可処厳科事 厳科に処するべきである。
 付り 銘々之分限を  付けたり 銘々の分限を
    顧ミ礼法を乱り     顧みて礼法を乱し
    申間鋪事     てはならない。
一  諸役配之義甲乙 一  諸役割分担の事で甲乙を
不申立其職掌を 申し立てず、その職掌を
守り無緩せ可相勤事 守り、緩せ(ゆるがせ)なく相勤めるべき事。
一  御国中ハ勿論 一  国元にいる間は勿論のこと
他国ニ至り決而軽挙 他国に至っても決して軽挙
妄動有之間敷事 盲動があってはならない。
 付り 押買押払等惣而  付けたり 押売り、押払いなど総じて
    無作法停止之事     不作法は禁止する。
一  喧嘩口論酒飯之 一  喧嘩、口論、酒飯が出る会合に
参会登楼茶屋 参会する事、御茶屋に登楼して
遊等堅禁止之事 遊ぶこと等は堅く禁止する。
一  備押之節行伍を 一  陣立てして行軍中に隊伍を
乱り申間敷道路之 乱してはならず、道路の
広狭ニ応し混雑 広い狭いに応じて、混雑
無之様駆引可有之 しないように兵馬を進退させるべき
こと。
一  川々船渡り歩渡り 一  川々を船で渡ったり、歩いて渡る
之節備之半渡を 時に、備えが半渡(途)となったところを
被襲不申様一手々々 襲われない様に一手々々
心を用可申事 心を用い申すべきこと。
一  行軍中又者陣屋 一  行軍中または陣屋に
止宿之節近辺□□出火カ 止宿する時は近辺で出火
有之候共妄ニ立騒ギ しても、妄りに立ち騒いでは
申間敷事 ならない
一  途中俄ニ雨具 一  途中、俄に雨具が
入用之節ハ先手ヨリ 入用となった場合には前の方から
順々用意混雑有之 順に用意し、混雑するような事が
間敷事 あってはならない。
一  病人病馬等有之 一  病人が出たり馬が病気になった
節ハ速ニ其頭々エ 時には、速やかにその頭へ
相達シ療養之心遣 報告し、療養させる心づかい
肝要之事 が肝要である。
一  陣営着又ハ乗船之 一  陣営に着いたとき、または乗船の
節混雑無之様心を 時、混雑しないように心を
用可申事 用い申すべきこと。
一  陣場奉行ヨリ配定之 一  陣場奉行から配定された
陣屋并船割等私之 陣屋や船割り等で自分の
便利申出間敷事 便利を申し出ないこと。
一  小荷駄一隊之義ハ 一  小荷駄一隊の件は
器械之運ひ方兵糧 器械(鉄砲)の運搬や兵糧
焚出シ之手配等可為 焚き出しの手配を為すべき事が
肝要事 肝要である。
 付り  付けたり
 兵糧焚出シ相調  兵糧焚き出しが相調う
 候迄ハ惣勢飢渇  迄は総勢は腹が減ったとか喉が渇いた
 之義申出間敷事  等と申し出てはならない。
一  物前ニ至り惣勢 一  戦の間際となって総勢が
陣屋を押出し之節 陣屋を繰り出す時には
小荷駄一隊ハ陣屋 小荷駄一隊は陣屋
を守り可申事 を守り申すべきこと。
一  港々着船之節 一  港々に着船の時
差図無之内ハ揚陸 指図が無い間は揚陸することを
停止之事 禁止する。
一  一手之船数艘候へバ 一  一手の船が数艘に別れる場合には
散々ニ不相成繋泊 散り散りにならず繋泊し
出帆共成丈ケ一同ニ 出帆する時もなるべく一同に
可令進出事 進出せしむべきこと。
一  諸法度之條々一 一  諸法度の条々は一
隊中付属之家業人 隊に付属している家業人や
其外小者従者其 その外の小者、従者にもその
頭々主人より手堅く 頭々や主人から手堅く
可申付候事 申しつけておくべきこと
右條々違背之者 右の条々に違背する者が
於有之ハ厳科可 有る場合には厳科に
申付者也 申しつけるべきである。
子の七月  御黒印 元治元年7月  御黒印
 =ウラガキ=御先手小隊
   相図之覚    合図の覚
一  一番貝 支度 一  一番貝(軍隊で最初に吹く陣貝)で支度
 但御出馬一時前  但しご出馬の2時間前。(1ときは2時間)
一  二番貝 整列 一  二番貝で整列
 但御出馬半時前  但しご出馬1時間前
 一手々々之隊長隊中  一手々々の隊長は隊中
 之人数を調べ行列を  の人数を調べ行列を
 巡見終而中軍江報知  巡見し終わって中軍(本軍)へ報告する。
一  三番貝 出陣 一  三番貝で出陣
 但御備組之前を通り  但し御備組の前を通り
 先手より順々発行  先頭より順々に出発する。
 御途中相図    途中の合図
一  貝一声 御小休ミ 一  貝一声は小休止
一  一番手木二ツ打整列 一  一番手木(拍子木)二ツ打で整列
一  二番手木三ツ打御立 一  二番手木三ツ打で出発
 船中之相図    船中の合図
一  貝二声 一  貝二声
 但入港繋泊  但し入港繋泊
一  貝一声 一  貝一声
 但汐待チ出帆之節も  但し汐待チ。出帆の節も
 同断  同断
一  一番貝 一  一番貝
 但出帆之用意  但し出帆の用意
一  二番貝 一  二番貝
 但先手より順々出帆  但し先頭より順々に出帆
右之通被仰付候 尤 右の通り仰付られ候。 もっとも
大阪御着後ハ臨時之 大阪御着後は臨時の
沙汰可被仰付候 沙汰を仰付れれるべく候
  付り   付けたり
  戦争ニ至り候節ハ   戦争となった場合には
  金鼓を以進止勿論   金鼓を以って進止するのは勿論
  之事   の事である。
  子ノ七月四日   元治元年7月4日
   陣中規則    陣中規則
一  陣中に於〆銘々 一  陣中に於いて銘々として
其地処被相守猥りニ 其の地処を相守られて猥りに
他の地処エ乱入 他の地処へ乱入することを
禁止之事 禁止する。
一  陣中猥りニ出門 一  陣中では猥りに出門することを
禁止之事 禁ずる
 但難差置用事  但し差置き難い用事が
 出来候節ハ其旨趣  出来しゅったいしたときは其の旨趣を
 伍長エ相達シ伍長より  伍長へ相達し、伍長より
 其頭々エ相達し  其の頭々へ相達し
 免許を受 用事  許しを受け 用事を
 可相弁候 左候而用事  相弁ずるべきである。そうして用事が
 相済候ハば早々  済めば、早々に
 帰陣勿論之事  帰陣することは勿論の事である。
一  陣中雑談一切 一  陣中の雑談は一切
禁止之事 禁止する事
一  滞陣中自然 一  滞陣中、万が一(自然=万が一)
急変有之候節ハ 事態が急変したときは
差図次第無遅滞 指図次第に、遅滞なく
先手より順々次第を以 先頭より順々に順序よく
陣所門外エ可相揃 陣所の門外へ相揃うべき
候事 こと。
一  夜中銘々無混乱 一  夜中、銘々混乱なき
様 其地処々々を 様に、その地処々々を
相守互ニ気を付 相守り、互いに気を付けて
不覚悟無之様心懸 不覚悟が無いように心がける事が
肝要ニ候事 肝要である。
右之通被仰出候条 右の通り仰せ出でがあったので
一隊中末々迄不心得 一隊中、末々迄不心得
無之様克々可被申聞 が無いように、克く/\申聞かされるべき
候事 である。
  子ノ七月四日   元治元年7月4日
 凡 例
旧漢字、旧仮名使い、俗字、異体字、略字、宛字、などの表記は出来るだけ原典に忠実に読解する。但し、活字が無い場合(異体字など)には当用漢字を充てる。
不審個所(読解の正誤不明の文字)は朱書する。
推読個所(虫損、脱字、行落ち、ほか)は□で囲む。必要に応じ脚註を付け説明する。
誤字はルビで正字を示し、必要に応じて脚註を付け説明する。衍字は衍字とルビ。
合字(より、トキ、トモ、シテ(〆)など)・女筆(まいらせ候など)はヨミの通り平仮名又は片仮名表記する。
変体仮名(越、者、可、尓など)は 「を、は、か、に」と表記する。
小文字の助詞(者、江、与、茂、而、之など)は「は、え、と、も、て、の」と表記する(右寄せの小文字表記はしない)
連続する固有名詞の間には「・」を打つ
返り点は採用しない。代わりに読みにくい個所にはルビでヨミを付ける。
次の様な場合はその該当個所を「 」で囲み、本文ではないことを示す。朱書(筆)、後筆、異筆、付箋、貼り紙、 封紙上書き、端書、端裏書、裏書など。
花押は「花押」、印章は「印」と表記する。
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