随 筆

おばけイカの話
増野  亮
平成20年11月

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 子供の頃、本の挿絵に難破してボートで脱出する乗組員を、巨大なイカが人間の太ももくらいはある手足を小船に巻きつけ、まさに人を襲うという冒険小説の挿絵を見た記憶がある。

 戦前、須佐育英小学校に在学していた頃、70年も前のある日、「浜に大きなイカが揚がっている」という「特ダネ」を遊び友達から聴いたからたまらない。 小雨の降る中を傘も持たずにすっ飛んで行った。中津の家から浜辺までは4百mくらい。港橋を渡り「山田屋」という大きな菓子屋の店先から30m位浜辺に寄った路上に人垣ができていた。

 覗いて本当にびっくりした。巨大なイカが横たわっている。でもイカによく見られる透き通るような表皮はなく、白っぽい色だった。

 背広を着た大人が、手にした黒い洋傘を何度も廻転させて長さを図っていたのが今も記憶に新しい。スルメイカのように2本の手の先が長く、胴体から手の端までどのくらいあったろう。 後でなぜ糸巻きを持参して長さを測る手だてを残さなかったかと、後悔した。それは冒険小説の挿絵そのものの化け物イカであった。僅かに残る記憶をたどっても大凡、 15mは優にあったのではないだろうか。

 翌日、学校の教室ではこの話でもちきりになった。浜辺に近い浦中に住む友人が「漁師が、舟で帰港の途中、海上を弱って漂う大イカ発見、ロープで引いて帰り浜辺に引き上げた」とか、 「後で、大人が皆で試食したら、とても不味で食べられる代物ではなかった」と新情報を提供してくれた。

 近年、美味で知られる「ミコトイカ」を売り出したイカの里、「須佐」である。できることなら、この化け物イカをスルメイカにして後世に伝えると、立派な広告塔になったものをと惜しまれる。

 ところが数年前から急に巨大イカの話しがテレビで放映されるようになった。なんでも水深1000m以上の深い海に「ダイオウイカ」と呼ぶ巨大なイカが生息していて、 それをマッコウクジラが補食しているという。深海なので獲物は見えない。どうやら鯨は蝙蝠のように電波を発信し、跳ね返る電波をキャッチして捕食するという。 昨年も「萩ネットワークの7月号」に大人と3mのダイオウイカが背丈を比べる写真が紹介された。今年になって、日本食が国際的にもてはやされ、水産物の世界的な需要増大に呼応して、 このダイオウイカも処理してイカの風味を保つことに成功、いまや世界中の市場に普通のイカとして出回りはじめているという。だがしかし、子供時代の記憶をたどると、世上伝えられるダイオウイカとは、 大きさと体型が少し違い、ダイオウではない「化け物イカ」だったのではないかという感じがしてならないのである。

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